日本人の海外移住は、1866年に海外渡航禁止令(鎖国令)が解かれてから、すでに150年以上の歴史があります。ハワイ王国における砂糖きびプランテーションへの就労に始まって、アメリカ、カナダといった北米への移住、そしてその後1899年にはペルー、1908年にはブラジルへと日本人が渡ります。そして、1924年にアメリカで日本人の入国が禁止されると、大きな流れが北米から南米へと移っていきます。その結果、第二次世界大戦前には約77万人、大戦後には約26万人が移住しています。
1908年、781人の日本人家族が、コーヒー農園で働く契約移民として「笠戸丸」に乗りブラジルへ向けて出発したことは、ご存知の方も多いと思います。彼らは、数年間は働き、貯金した後に帰国することを夢見ていましたが、実生活は予想だにしない過酷な状況でした。当時のブラジル移民受け入れは、同国の奴隷廃止による労働力不足を補うものだったとも言われるほどです。しかし、それにも屈せず、多くの人が自作農となる道を選び、資金を出し合って集団入植地や農業組合を形成していきました。それらはその後、ブラジルの農業界で大きな役割を果たす組織にまで成長しています。






























